身の上話

今日は会社行くのにテンション上がらず休み。
ダメ。
全然ダメ。
だって大丈夫だって言ってるのに病休扱いなんだもん。
やる気なんか起きない。
やってるられるか、って感じ?
仕方がないから午前中一杯寝て、その後川岸でぼーっと。
たまに通りかかる土木車両眺めて、
「あー、働いてるなー、偉いなー」
なんて考えながら、
「俺も働かないとなー」
とテンションを高めつつ。


そもそも今回鬱になったのは、「俺はデスクワークで、下手すると頭の中しか動かしてないのに給料貰ってる」「外では汗水垂らして働いてる人がいる」
「これでいいのか?」
なんて悩んでるところに、目標管理上手くいかない、上司は仕事のやり方が違うと文句ばかり言ってくる、そこへ尚且つ仕事をどんどん押し付けてくる、当然仕事なんてはかどるハズがない、で参ってるところに一言、
「君は後輩より働いてないよね」
とガツーンと一発言ってくれちゃったからだ。


普段だったら何か言い返せるんだけど、この時は決定的だった。何も言い返せなかった。言い返す気力もなかった。
帰宅して、翌日、翌々日と頭が痛くて動けなかった。気力も湧かない。
病院に行くと「鬱です」と診断された。
ショックだった。自分がそんなものになるなんて。
それからまず3ヶ月、病休した。その後、完治していないので病欠。一時出社してみたものの、クスリの副作用だかなんだか、いやそれ以前に会社に居る気分にならないので再び病欠。


で、とにかく自分の負担を軽くする手を思いついた。
「産みの母に会う。」
実は私の父は再婚で、今の母は継母ということになる。
それはいいのだが、ずーっと母と会うことは避けてきていた。
何故なら、母もまた再婚していた為、私がそこにひょっこり顔を出してはマズイだろうと考えたから。
それから30年余り。もう今なら大丈夫だろうと、今年の頭あたりに再会を果たした。
それで自分の心の荷が一つ降りた。
そこで、また会社に行き始めたのだが、なかなか毎日通勤ということができない。
まだ何か突っかかる。
そこでまた病休扱いのまま通勤。
だが状況は変わらない。
かくて病欠扱いとされ現在に至る。


正直、何をどうすればいいのかわからない。
ただ、医者と妻には一つだけ道を示されている。
「人の言うことにすんなり納得してしまう原因であり」
「そして、30年の悩みをもたらす原因を作った」
父に言うべきを一度言うべきだ、ということだった。


話はわかる。
・・・父は、私の中では英雄だった。
県レベルの労山会の会長や理事を歴任し、山好きの中では知らぬ者のいない存在。
自分もそういう頼られる人になりたいと思った。


でも、母から聞いた父は違っていた。
働いて得た金を全て山に注ぎ込み、私のミルク代すら渡さなかった。
仕方なく母は実家から金品や食品を置くって貰って生活する羽目に陥っていた。
家庭を顧みなかった、なんてものじゃない。

大体にして父には結婚以前からの恋人がいたのだ。
父の心は決して母に向けられることはなかったと言っていい。
祖母がもってきた見合い話をただ実行しただけだったのだ。


母は私と幼い弟を連れて実家に戻り、離婚した。
それは聞くと数週間だったと言う。だが、私にとっては素晴らしい数週間であり・・・以後30年、その記憶だけを頼りに生きることになった。


だが、幸せな時間は続かず・・・母の目を盗んで父は私を連れ去った。
その後、父は母と結婚する以前から付き合っていた女性と結婚。
母も再婚する。
そして、現在に至ったわけだ。


うん、わかってる。
私が普通の人間になるには、一言親父に「人でなし!」と言ってやる事だ。
そして、父と同じ道を歩まぬよう、趣味につぎ込む金を制限すること。
そうすれば、何も負担を背負わない人間になれる。


でもなあ・・・本当にそれで治れるんだろうか?