もうどうにも取返しがつかないこと

しばらく前の話。

 

夜明けごろ、夢を見た。ああ、でもこれはかつてあった出来事だとわかった。

幼い頃、地元の肉屋の前に、誰かが仕留めたイノシシが置かれていることが度々あった。当時の私はそれに妙に惹かれて、ぼうっとそれを眺めていることが多かった。そんなある日、とある男性に声をかけられた。

「私が誰かわかるかい?」

見知らぬ老人。私は「わからない」と答える。その応えに、彼は苦笑していたのかも知れない。飴をくれたような記憶がある。

「そうか、わからないか」

「わからないよ」

そんな言葉を交わした後、イノシシを触る私をしばらく眺めた後、彼を待っていたと思しき女性と寂しげにその場を離れていった。そういう記憶だ。

唐突に目が醒めた。記憶のピースが嵌っていく感触。

…私の父母は私の幼い頃に離婚していた。2、3歳の頃の遠く、色褪せた記憶だ。母と再会できたのは30も半ばになってからだ。既に祖父は他界し、祖母は…父方の祖母との約束だからと、私と親交を深めることを良しとしてはくれなかった。

再会した時、祖母は、祖父はよくイノシシを仕留めては街中の肉屋に卸ていたという話をしてくれた。その時は「ああ、あの肉屋の前にあったイノシシは彼が仕留めたものだったのか」という程度の認識だったのだが…

違う。

その言葉に込められた意味はそれだけじゃない。あの時、飴をくれた男性は、彼と一緒にした女性は、祖父と祖母だったのだ。

 

私には、昨年生まれた孫がいる。娘の息子だ。つまり、彼と私の関係に等しい。孫を抱いた時に感じる愛おしさは何物にも代えがたい。そんな感情が自分にも湧くのかと驚いたものだったが…そういう対象である孫の私に、「お前など知らない」と言われた祖父の心情は如何ばかりものであったのか。謝りたい。だが、それはもう叶わない。布団の中でひとしきり涙し…いつか私も「向こう」に行った時には真っ先に謝りに行こう、そんなことを心に決めた。

 

※この内容は11/18にJ-Waveau FG LIFETIME BLUESで紹介されましたが…全面的に夢の話に改定されてしまいましたねw