【艦これSS】迷い子の帰還

「偵察中の瑞雲より入電。『我、敵艦隊見ゆ。方位、北緯xx度xx分,東経xxx度xx分。艦影多数』」
夕陽の指すプリッジでそれまで無言で立ち尽くしていた「伊勢」が突如独り言をはじめた。否、これは独り言ではない。偵察機からの通信を直接受信して我々に口頭で伝えてきているのだ。
「全艦に通達、砲雷撃戦用意! 赤城、蒼龍は全機発艦開始! 伊勢、金剛、扶桑、山城は操艦を操舵士に委譲、感覚同期始め!」
「操舵お任せします! 感覚同期(データリンク)始め!」
艦隊に緊張が走り、慌ただしく兵達が走り回る。そんな中、艦隊の艦娘達は操舵を操舵士に任せ、自分達の感覚を同期し、敵の観測に集中する。
本来、艦艇の主たる神霊は人智を越えた能力を持つが、我々との意思の疎通の為に人間の娘との精神融合を果たした結果、その能力は著しく制限されてしまっている。操舵なら操舵、索敵なら索敵、照準ならば照準…要するに単一の目的の為にその能力の全てを使うことになってしまうのだ。「人並みになっている」と言ってもいい。
それは無論弱点ではあるのだが、そこに我々は自身の存在意義と誇りを見出すことができる。「年端もいかぬ娘一人で戦わせるのではない。我々も共に戦うのだ」と。

「全機発艦完了。」
通信士が赤城からの通信を伝える。そう、今の伊勢は話をすることもできない。
「対空警戒を厳とせよ」
艦娘が索敵に集中している間、この艦を、艦娘を守るのは我々の仕事だ。無論、艦艇が沈んだ所で艦娘が死ぬことはない。ただ、いくつかの問題が生じる。一番深刻な問題は、突然に轟沈するような事態に陥った場合に発生しうる。突然の艦艇の「死」に娘との精神融合が解けず、娘が心神喪失状態になってしまうのだ。また、仮に精神融合が解けて助かったとしても、それまでの半身を失ったショックで、やはり娘達は酷く塞ぎこむことになる。これらはもはや避けられない悲劇となっていた。
艦娘達をそんな悲しい目に遭わせてはならない。我々はその思いを胸にこの艦の上に立っているのだ。

「敵機来襲! 3時の方向、機影多数!」
「対空迎撃開始!」
無数の機銃が迎撃を開始する。実はこれは我々にしかできない仕事だ。対空機銃は数が多い為その操作は艦娘達の手に余る。操りきれないのだ。故に艦艇の対空銃座には練度の高い者が全軍から優先的に配置されている。だが、それでも深海棲艦から送り込まれてくる艦載機の攻撃は脅威だ。
「山城被弾! 損傷軽微!」
「赤城被弾!同じく損傷軽微!」
弾幕薄いぞ、何をやっているか!」
我々は、是が非でも艦を、艦娘を守らねばならないのだ!

「「「「お待たせしました、敵艦を捉えました。全艦全砲門追尾開始。照準を開始します」」」」
敵機の全滅が確認できたのと同時に伊勢が敵を捉えたと伝えてきた。娘達の声が混ざって聞こえているのは感覚同期をしていることの証左だ。ブリッジの窓越しに、この艦だけでなく他の艦の砲塔も同時に回転し、砲が上下しているのが見えた。感覚同期によって、完全にすべての砲がコントロールされているのがわかる。
「「「「全艦照準完了。砲門は引き続き目標を追尾しております。撃ち方どうぞ」」」」
4艦全ての頭脳が今、超常の力で同期され、砲撃の指示を待つ。超常の力で動く砲塔は殆ど的を外すことがない。頼もしい限りだが、「頼りすぎ」だ、とも感じる。本来、それは我々が自分の力でやらねばならないことなのだ。そんな思いが脳裏をかすめる。だが、それも一瞬のことだ。
「撃ちー方はじめー!」
「「「「撃ちー方はじめー!!!」」」」
閃光と轟音と爆風が、世界を支配する時がきた。




やがて夜の帳が下り、満天の星々が頭上を埋め尽くす頃、戦闘は一方的な我々の勝利で終わった。当然と言えよう。今のこの艦隊の練度ならこの海域の敵は我々の相手にならない。だが、艦隊はしばしこの海域で「あるもの」を待つことにした。
「<迷い子>を待たれるのですか?」
伊勢が訪ねてくる。彼女の言う<迷い子>とは艦隊戦終了後に現れる艦のことだ。それはかつて沈んだはずの艦であることが多いのだが、何故か無傷の状態で我々の前に現れてくる。それは後日我々の貴重な戦力となる。
「そうだ。明日払暁まで本海域で待機。総員警戒しつつ交代で体力の回復に努めよ。伊勢、お前も全機能を委譲して休んでよし」
それを聞いた伊勢は、ペコリ、と頭を下げるともはや興味はない、といった体でブリッジを離れていった。


「大佐、先程の戦闘の際に撮影された写真が上がってまいりました」
伊勢と入れ違いの格好でブリッジに上がってきた部下が数枚の大判の写真を入れた封筒を差し出してきた。予め下命しておいた件だ。急ぎ写真を取り出し目を通していく。と、その中の一枚で手を止める。
「これだ…」
「はい…」
深海棲艦は異形の艦だ。武装しているので辛うじて兵器とわかるのだが、その外装は有機的な、知らずに見れば怪物のような姿をしている。だが、その中に稀に一隻だけ、怪物を載せた我々側の艦のようなモノが混じっていることがある。そして、そういうものと遭遇した後に限って、<迷い子>が現れることが多い。この事実は何を物語っているのか。
「川内型だな。どれかはわからないが…」
「川内型は消耗が多かった分、再生産が多かったですからね…」
先の話の続きだが、半身を失い、心神喪失状態、あるいは塞ぎこんだ娘達を救う、たった一つの方法がある。それは丸きり同じ艦を再び建造し、再度神降ろしの神事を行うことだ。戦場で傷ついた娘を救う為に再び戦場に行く為の身体を与える。正直いい気分のしない行為だが今の所他に手が無い以上、やむを得ない。廃人でいるより、快活な艦娘達の姿でいる方が遥かにいい、という判断からだ。中でも川内型のとある艦は轟沈することが多かった為、現在までに13隻が建造されている。恐らくはこの艦もその中の一つなのだろう…。

気がつくと外には霧が出てきていた。これまでの私自身の経験や報告からも<迷い子>が現れる時には決まってこういった霧が出ることがわかっている。恐らくはこれがそうなのだろう。
「周囲警戒!」
一斉に無数のサーチライトが周囲を照らしだす。と、そこにゆっくりとこちらへ向かってやってくる艦影が浮かび上がってきた。
艦体を濡らしたままの完全な姿の川内型。沈んだはずの艦がこのような形で帰ってくる。そこに何かの陰謀を感じないわけでもないが、艦娘達の姿を見ていると私も艦隊司令部も、とてもそうとは考えられなかった。どのみち、彼女達の力無くしては我々は無事に海路を進むことすらできないのだ…。


やがて伊勢のすぐ傍で停止したその艦を見て、それにしても…と、思わず溜息が漏れる。
何回沈められたら気が済むのだ、お前は。まあいい。元気な姿が見られて何よりだ。「またお前か」などとは言わないでいてやろう。
ふと、脳裏にこの艦の艦娘の姿と口癖が蘇った。そうだ、今は呉の女子寮で塞ぎこんでいるあの娘も、お前が帰ってくれば再びあの快活な姿を見せてくれることだろう。


おかえり「那珂」。またよろしく頼むよ、艦隊のアイドルさん。




【追記】この日見つかった川内型那珂11番艦だが、後日他海域でも次々に那珂艦が見つかった為、他数隻とまとめて解体処分となった。…まあスペアが2隻もあればどうにでもなるだろう。