ネットブックをブームではなく、新カテゴリに昇華させる、という提案

年末年始に実家に戻って、親族とPC周辺の話をして認識を新たにしたことがある。
やはりこの国では未だPCは贅沢品であり、コモディティ化半ばなのだと。

Geekでない人達にとって、パーソナルコンピューター(PC)とは何をする為のモノか。
Webブラウズ、メール、年末年始に年賀状印刷、MP3プレーヤを持っていれば音楽管理ソフト、その他いくつかのお気に入りのアプリケーション…それはゲームでもいいし、テキストエディタでもいい。あるいは子供たちの為の簡単なお絵かきソフトなのかも知れない…を動かす為の機械だ。
もちろん会社で事務に携わる人ならばこれに本格的な表計算ソフトやワープロソフトが加わるだろうし、絵を描く人ならば本格的なグラフィックソフトが加わるだろう。
だが、家庭でPCを使う人達が求めるのは、やはり冒頭にあげたモノ位だ。

確かにPCは安くなった。10年ほど前ならば20万は出さなければ満足のいくデスクトップも買えなかったが、今や9万もあれば十分以上のスペックを持つノートマシンが手に入る。
しかし、それでもまだ、一般の人達には手を出しにくい理由がある。
それは、「PCは永遠の未完成商品である」という事実だ。どんなに高い金を払ってどんなにハイスペックのマシンを手に入れても、半年後には陳腐化する。2年後にはそれがローエンドになり、3、4年も経てばそのマシンの一部に使用されている規格が代替わりをし、5年も経てばOSもサポートされなくなり無価値になる。
この事実は、本来クルマや家電でも同様なのだが、生活に必要不可欠でない機械で、かつ「スペックだけを売りにした商品」が多い現状では理解されにくい。これでは、PCがないと仕事ができない、という人達以外がPCを買うことはないだろう。それは情報の隔絶をもたらし、また、その人達に子があれば、その子の将来の為にも良いことではない。
それらを解消する為に、彼らが安心してPCを買えるようにするにはどうしたら良いか。答えは既に出ている。スペックを半固定し「永遠の未完成品」という名誉とも不名誉ともとれる称号を外すことだ。
勿論、PCすべてがそうである必要はない。第一、まずPC好きな私が困るw 必要なのは、それが許されるカテゴリを作ることだ。
幸いにしてここしばらくは、Windowsを動かし、軽いアプリを動かすことについては大してマシンリソースを必要としていない。MacOSが本質的な進化をしていないことから、あと3年位はそういった状況が続くと見込んでもいいのではないだろうか。
折りも折り、Intelから発表された新Atom CPUは、省電力性が向上された他はスペック的には既存のモノとほぼ横並びである。
これは、ネットブックから真のパーソナル・・・あるいホームコンピュータを実現するチャンスではなかろうか。
価格をハイスペックゲームコンソール並み…あるいは+1万円位まで落とし、スペックは横並び、商品としては(ここで何回も書いたように)「手に入れたくなる」デザインと、付加価値的なデバイスの付与で差別化する。*1
ソフトにもできることはある筈だ。既存の高度に進化したアプリは皆重く、高価で、高機能で、広い画面を必要とする。彼らが必要とするのはそこそこの機能で安く、コンパクトで、理解のし易いアプリだ。
まして、現状ネットブックの画面の解像度は1024*600という縦に短く横に長いモノだ。UI的にも思想を改めなければならないだろう。*2



…ほら、ソフト方面に脱線したからまとまらなくなった。
ええと、つまり何を言いたいかと言うと、

  • まだまだこの国ではPCは真のコモディティ化をしていない
  • その原因は「永遠の未完成商品であり、それを含めて考えると高価であること」。ゆえに未だにPCに手を出していない人にとってPCは贅沢品と捉えられている
  • OSはここ数年、そして恐らくはこれから数年も重厚長大化する意義を持つことはないだろう。故に、サーバー/ワークステーション/デスクトップ/ノートに並ぶ、「完成した安価なPC*3」というカテゴリを作ってもいいのでは
  • その新カテゴリは買ってすぐに「その上のスペックのマシンが欲しくなる」というモノではいけない。そう思わせない為のソフトウェアも含めた環境作りが必要*4
  • 新型Atomのスペックが据え置きなのはそれを惜しむのではなく、既存のスペック偏重から離れ、そういった新カテゴリを作るチャンスと捉えるべき

ということでありました。
なんか今までのと大差ないね。この辺り、私的には語りつくしたということなのかな。

ご参考:新旧Netbookをテストして次世代Atomの可能性を考える

*1:ここに価格を反映する

*2:これは一般的なPCアプリにも言える。この問題は昨年ずっと考えていたテーマだが、ウィンドウメニューを廃止し、その機能をウィンドウ中で何らかの操作をした時に表示されるポップアップに移動しては…位しか思いつかなかった。…返ってわかりづらくなるだけのような気がする。この辺り、ウィンドウメニューが無い代わり、アクティブなアプリがデスクトップメニューバーを乗っとるMacOSに一日の長がある…と思ったケド、Windowsしか使ったことないヒトとか、初心者はすぐ最大化してしまうので一緒なのか

*3:将来的にはやはりアップグレードするわけだが

*4:このはてダの編集画面とか!ネットブックのこと考えて作ってくれ